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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)2259号 判決 1989年8月30日

原告 株式会社セイコートラベルサービス

右代表者代表取締役 武重文司

右訴訟代理人弁護士 北村忠彦

右同 佐竹修三

右訴訟復代理人弁護士 岡田隆志

被告 東武トラベル株式会社

右代表者代表取締役 橋田成雄

右訴訟代理人弁護士 倉田雅充

主文

1. 原告の請求を棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一、事案の概要

一、争いのない事実

原告は、旅行業全般及び航空券の取扱等を業とする会社であり、被告は、旅行業及び搭乗券・乗車券等の販売を目的とする会社であり、共に旅行業法(以下、単に「法」という。)に定める一般旅行業者である。

また、訴外東武航空サービス株式会社(以下「訴外会社」という。)は、被告と旅行業代理店業務委託契約を締結した被告の正規の旅行業代理店業者(法五条に基づく運輸大臣の登録番号第三七三八号)であるが、昭和六〇年七月初めころ、手形の不渡り事故を起こして事実上倒産した。

二、原告の主張

1. 原告は、訴外会社に対し、別紙のとおり、航空券四一席分を代金合計二六三万九三〇〇円で売り渡し、それぞれ約定どおり訴外会社に引き渡し、また、訴外会社に売り渡した昭和六〇年五月二六日契約の航空券一席分(翌日出発、日本航空ソウル行き)につき、訴外会社からの解約により、五〇〇〇円の取消料支払債権を有しているところ、被告は、訴外会社との間で、昭和六〇年七月上旬ころ、訴外会社の原告に対する右支払債務合計二六四万四三〇〇円を含む一切の債務を引き受ける契約を締結し、原告は、右金員支払催告(同年七月一六日付内容証明郵便で、同月三〇日までに支払うよう催告)をすることによって、右債務引受を黙示的に承認した。

なお、原告と訴外会社間の右航空券取引(以下、「本件取引」という。)は、航空便と席数を特定して、訴外会社が旅行者に対する航空券の引換券を交付する権利を原告から取得し、その権利取得の対価として訴外会社が原告に代金支払義務を負担するというもの(航空券の引換券交付の権利の売買)であって、取引主体は訴外会社自身であり、そしてこれを訴外会社が旅行者に販売したのである。仮に、被告の主張のとおり、訴外会社が特定の旅行者又は航空会社を代理して本件取引をしたものとしても、法一四条の四第一項は、旅行業代理店業者が複数の旅行業者を代理することを禁じた趣旨のものであり、旅行者又は航空会社を代理して取引すること自体を禁じてはいないのであるから、同条項に違反しない。

2.(一) 被告は、訴外会社に対し「東武トラベル株式会社代理店」なる標識を掲示させ、被告の信用を基礎に訴外会社に旅行業務を委託し、被告自らの営業活動を拡大し、その利益の拡大を図ってきたものであり、かつ訴外会社と取引する者も、訴外会社が被告の代理店であることを信頼してこれと取引していたものである。

したがって、被告のように正式に登録された代理店に業務を委託している旅行業者(所属旅行業者)としては、代理店業者である訴外会社の営業活動により利益を得ることができる反面、その代理店業者が営業活動により第三者に損害を与えないように管理、監督する責任がある。

そして、旅行代理店業者の代理関係の明確化、専属化を定めた法一四条の四及び所属旅行業者が代理店業者の営業所をも自己の営業所とみなして営業保証金を供託すべき旨定めた法一一条の二等、代理店業者と取引する者の保護を所属旅行業者に直接又は間接に求めた法の諸規定ないし立法趣旨に照らせば、所属旅行業者の右管理、監督責任は、法律の要求する注意義務といわなければならない。

(二) 被告は、右注意義務に違反し、訴外会社の営業活動、経理内容等の管理、監督を怠り、漫然と放置していた過失により、訴外会社の倒産を何ら回避できず、原告に対し前記債権の未回収を生じさせ、もって同額の損害を与えた。

3. そこで、被告に対し、前記の債務引受又は不法行為に基づき、二六四万四三〇〇円とこれに対する昭和六〇年七月三一日(前記催告にかかる支払期日の翌日)から支払済みに至るまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うよう求める。

三、被告の主張

1. 被告は、原告と訴外会社との間の本件取引を知らないし、訴外会社の原告に対する右債務を引き受けたこともないが、仮にこれを引き受けたとしても、以下のとおり、被告には支払義務はない。

本件取引は、旅行者である特定の顧客(航空券の譲渡は禁止されており、しかも海外旅行の場合はパスポートが必要であるから、搭乗者の特定がなければならない。)から訴外会社が購入を依頼され、その者のために訴外会社が代理して原告となした航空券の売買であると同時に、これはまた、訴外会社が運送のサービスを提供する航空会社のためにする行為にもあたる。

したがって、本件取引は、法一四条の四第一項に違反する。すなわち、同条項は、「旅行業代理店業者は、<省略>その所属旅行業者以外の一般旅行業者又は国内旅行業者のために第二条第一項第八号に掲げる旅行業務を取り扱ってはならない。」と規定し、二条一項八号は、同条項「第一号から第六号までに掲げる行為について代理して契約を締結する行為」と規定しているところ、訴外会社の本件取引は、同条項の一号及び二号に該当するからである。

しかるに、原告は旅行業者として右禁止規定を熟知していながら、あえて訴外会社と本件取引を行ったものであるうえ、右禁止規定の違反には罰則規定(法二八条)もあることに照らせば、本件取引は、公の秩序に反する無効なものというべきである。

2. 被告には不法行為責任はない。

(一)  一般旅行業者の間では、あらかじめ基本契約である「主催旅行取扱委託契約」を締結するのが通常であり、現に原告と被告との間でも、昭和五八年四月一日に右契約(乙第五号証)が締結され、同時に「主催旅行取扱委託契約付属契約」(乙第六号証)が締結されている。これは、旅行業代理店業者が所属旅行業者以外の一般旅行業者の行う主催旅行について代理行為をする場合のみでなく、法一四条の二の趣旨に則り、本件取引のように、旅行業代理店業者が他の一般旅行業者から航空券を購入する場合にも適用されるのが業界の実情である。

右の条項によれば、一般旅行業者である原告が旅行業代理店業者である訴外会社から航空券の発売を求められたときには、まず原告は、訴外会社の所属旅行業者である被告に対し、航空券代金を請求することにより個別具体的な受託契約の申し込みをし、右申込みを受けた被告が、訴外会社に右内容を確認するとともに、その代金の支払を請求し、そして原告に対し右代金の支払を承諾することにより被告と原告との間に航空券販売に関する個々の具体的な受託契約が成立し、これによって訴外会社が被告の代理人として航空券を旅行者に販売することになっているのである。

(二)  しかるに、原告は、本件取引を含む一連の航空券取引に関しては右の手続を全く取らず、しかも訴外会社との右取引を被告に秘していながら、被告に対し損害の賠償を求めるのは明らかに信義則に反するというべきである。

また、原告は、前記の委託契約を締結し、かつ旅行業界の実情を十分に知りながら、しかも前記のとおり敢えて法に反する本件取引を被告に秘して行っていた以上、訴外会社の倒産により原告が損害を被ったとしても、それは自ら招いたものであり、仮にそうでないとしても、損害を被ったことにつき原告にも重大な過失がある。

第二、争点に対する判断

一、被告が訴外会社の原告に対する債務を引き受けたか否か

確かに、原告が訴外会社に対し、別紙のとおり、航空券四一席分を代金合計二六三万九三〇〇円で売り渡し、また昭和六〇年五月二六日に訴外会社に売り渡した航空券一席(翌日発、日本航空ソウル行き)を訴外会社が解約したことによる、その取消料五〇〇〇円の合計二六四万四三〇〇円の債権を有していたことが認められるが(甲第一、第二号証、証人水野浩二の証言、原告代表者尋問の結果)、被告がこの支払債務を引き受けたことを肯定するに足る証拠はない(証人水野の証言のみでは、未だこれを認めるには十分とはいえない。)。

二、本件取引は法一四条の四第一項に違反するか

1. 被告と訴外会社は、昭和五八年一二月一日に旅行業代理店業務委託契約を締結した。被告が訴外会社に委託した旅行業務(委託業務)の範囲は、次のとおりである。

(一)  被告の主催旅行及び手配旅行に関し、被告を代理して、旅行者に対して行う次の業務

イ 取引条件の説明

ロ 旅行契約の締結

ハ 旅行書面の交付

ニ 締結した旅行契約の変更及び解除

ホ 旅行代金の請求、受領及び払戻し

ヘ 取消料、違約料等ニに付随する金銭の請求及び受領

ト 旅行者との間の円滑な情報伝達

チ その他イないしトに付随する業務

(二)  (一)に定める業務に付随して、旅行者の便宜とするサービスを提供する次の業務

イ 被告が指定する添乗及び送迎

ロ 旅券、査証、予防接種証明書の取得等、渡航手続の代行

(三)  被告が、旅行業法一四条の二の規定に基づき締結した他の旅行業者との主催旅行取扱委託契約において、訴外会社を受託旅行業代理店業者と定めた場合、当該他の旅行業者(委託旅行業者)の主催旅行に関し、訴外会社が当該委託旅行業者を代理して行う(一)のイからチまでに定める業務

(四)  (三)の業務に付随し、被告を代理して当該主催旅行に関する(二)ロに定める業務

(五)  以上に掲げるほか、被告が明示して依頼した業務

なお、その他右委託契約に定める条項のうち、特に重要なものとしては、訴外会社が被告以外の他の一般又は国内旅行業者を代理することを禁じ、委託業務に関して、訴外会社が地上手配業者並びに運送機関、宿泊機関等の旅行サービス提供機関との間で、被告が明示に依頼しない限り、直接取引又は直接決済をしてはならない旨の規定等があるほか、訴外会社に委託業務の取扱結果を書面で被告に報告する義務を課している。

ところで、原告は、昭和五九年春ころから、個々の旅行者から航空券の購入を依頼された訴外会社の注文により、その都度注文にかかる航空券を訴外会社に売り渡してきた。その原告に対する代金は、昭和六〇年四月ころまでは現金で決済されていたが、それ以降は信用で売り渡していた(本件取引もこれに含む)。しかし、原告は、右の信用取引になった後も、訴外会社の倒産以前に、被告に対して直接代金の支払を請求したことはない。訴外会社もまた、右取引につき被告の承諾を得ていなかった。

この業界においては、代理店業者が所属旅行業者以外の一般又は国内旅行業者に対し航空券の発売を求めた場合、その取引につき親である所属旅行業者の了解を取り付けておくのが基本であり、その取引は、あらかじめ一般又は国内旅行業者間で相互に締結している主催旅行取扱委託契約の条項に準じて、所属旅行業者が航空券を発券できる旅行業者からその売却の権限を与えられて、この権限を基に代理店業者が代理して旅行者に航空券を売却し、右旅行業者に対する代金の決済は所属旅行業者との間でする、という形式を取るのが通常である。原告と被告との間でも、昭和五八年四月一日に相互に主催旅行取扱委託契約を締結していたが、原告は、この方式による代金決済をも被告に求めていなかった。

(甲第一号証、乙第三号証、同第四号証の一ないし三及び同第五、第六号証、証人片山邦雄及び同水野浩二の各証言、原告代表者尋問の結果。)

2. 右事実によれば、訴外会社が行った本件取引を含む原告との航空券取引は、被告から委託された業務の範囲外(すなわち、被告の行う主催旅行及び手配旅行と関係していないことが明らかだし、被告の事前、事後の明示の承諾もない。)の行為である。

そして、訴外会社の原告に対する航空券の発売の申込みは個々の旅行者のためにこれらを代理してなされた行為(法二条一項一号の行為)といえるであろう。より具体的に言えば、訴外会社が旅行者の依頼によりこれを代理して旅行者の希望する航空券の発売を原告に申し込み、これに対する原告の承諾によって原告と旅行者との間に当該航空券の売買契約又は少なくともその予約契約が成立し、訴外会社は、旅行者から航空券代金の支払を受けるのと引き換えに、旅行者に対し同人が当該航空券の交付を求める権利を有する旨を証明する予約確認書等の文書を引き渡し、そして受領した代金を原告に対し旅行者を代理して支払う、という一連の行為であると解せられる。

原告は、航空券(の引換券交付の権利)を訴外会社自身が原告から購入し、更にこれを旅行者に売り渡したものと主張するが、この主張にはいろいろな点で疑問があり、採用できない。他方、被告が主張するように、これが運送のサービスを提供する者(航空会社)のためにこれを代理して締結した行為(同条項二号)ともいえない。訴外会社には、客観的にみて、直接にも間接的にも航空会社からかかる権限が与えられていないことが明らかである。

右のとおり、訴外会社の本件取引は法二条一項一号に該当する行為であるが、しかし、このことをもって直ちに法一四条の四第一項に違反するとはいえないであろう。同条項が直接禁止しているのは、旅行業代理店業者の所属旅行業者への専属化と所属旅行業者の責任強化(法六条一項八号、九号)とあいまって、旅行業代理店業者が複数の本人を有することによる取引の混乱を防止しようとするところにあるからである。訴外会社の本件取引は、所属旅行業者以外の旅行業者を代理してなされたものでは決してない。

3. そうはいうものの、訴外会社の本件取引は、法の定めた代理店業者の業務範囲を逸脱している。旅行業代理店業者は、他の一般又は国内旅行業者の委任により、当該旅行業者を代理して法二条一項一号から六号までの行為について旅行者等と契約を締結する業務を取り扱う旅行業者であって(法二条一項八号、四条三項三号)、旅行業代理店業者として運輸大臣の登録を得ているとしても、本来一般又は国内旅行業者の固有の業務範囲に属する業務を取り扱うことができないことは明白である(法三条、六条、九条、一〇条、一一条、一一条の三等)。しかるに、訴外会社は、所属旅行業者の業務と無関係に、事実上独自に旅行者を代理して原告と本件取引を含む一連の航空券取引をしていたのであるから、これは、実質的には一般又は国内旅行業の無登録営業と同視できると解せられる。したがって、本件取引は、法三条に違反する。

代理店業者から所属旅行業者以外の旅行業者が航空券の発売を求められたときのこの業界のやり方については、先に認定した。代理店業者の営業所に所属旅行業者の業務と無関係な航空券の単発手配を求める旅行者が来ることはありうることと思われる。かかる場合、所属旅行業者にそもそも航空券の発券の権限がないとすれば、代理店業者は、その権限のある他の旅行業者に対し購入の手配をするであろうが、さりとて、旅行者に対する関係では、代理店業者は所属旅行業者の代理人にすぎないから、代理店業者の行為責任の帰属主体(所属旅行業者)を明確化するために、所属旅行業者に航空券を販売する何らかの権限が与えられていなければならないはずである。それ故に、法一四条の二によって例外として一般又は国内旅行業者が他の旅行業者を代理できる当該旅行業者の主催旅行に関する契約条項をいわば便法として用い、前記の形式を踏んでいるものと推測される。

三、被告に不法行為上の責任はあるだろうか

一般的に言って、法の諸規定に鑑み、所属旅行業者である被告には、その代理店業者である訴外会社に対する原告主張のような管理監督の注意義務があるであろう。

しかしながら、被告の具体的な注意義務違反の有無や、仮に被告にその義務違反があったとして、これと損害との因果関係の有無等につき、ここで判断するまでもなく、そもそも原告が、訴外会社の倒産により未回収となった本件取引による代金、取消料を損害として、被告に対しその賠償を請求すること自体、非常に疑問を感ずる。

訴外会社の本件取引は実質的に法三条に違反するし、原告は、本件取引に関し、前述の業界の通常のやり方も講じていない。原告も一般旅行業者であるからには法を知り、右の業界のやり方も知っていたとみるべきである。しかるに、違法な本件取引に加担し、しかも自ら被告に対する権利保全の措置を講ぜずに、訴外会社が倒産してから同じ法の諸規定をよりどころとして被告の注意義務違反を云々し、損害賠償の名のもとに未回収の代金等を回収するに等しい請求をすることは、信義に悖るものであって、やはり許されないと解する。

原告が前記措置を取らなかったのは訴外会社がそうしなくとも良いと言ったから(原告代表者尋問の結果)であり、また被告の一係長が本件取引を知っていた(証人水野浩二の証言)としても、右の解釈を左右するものとはいえない。

(裁判官 大澤巖)

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